テーマを決めて選んだ能・落語・義太夫の古典芸能の演目を、豪華メンバーが競演する「猿・申・さる」が、7月9日(火)19時から国登録有形文化財の山本能楽堂(地下鉄谷町四丁目)で開かれる。
今回のプログラムは、観世流能楽師の山本章弘が能「采女(うねめ)」の仕舞、落語家の桂南光が「猿後家」を新演出で、義太夫は貧しい猿まわしの一家の悲劇を描いた「近頃河原の達引・堀川猿廻しの段(奥)」を豊竹呂太夫の浄瑠璃と鶴澤清介、鶴澤清公の三味線で届ける。落語作家の小佐田定雄が案内役として前口上を務め、出演者によるアフタートークもある。
3者顔合わせでの競演企画は2017年から毎年行っており、これが3回目。呂太夫さんの義太夫教室に通う南光さんが、教室生の発表会場の山本能楽堂で2016年に自身の落語と呂太夫さんの義太夫で、帯屋つながりの二人会「おはんちょう」を行ったところ大好評。翌年からは能楽堂の主・山本章弘さんも加わって、能・落語・義太夫のぜいたくな1日限りの公演を続けている。テーマは2017年が「流されて」、2018年「だまされて」と動詞シリーズ(?)で続いてきたが、今回の企画は、ズバリ「猿」。猿をテーマに選んだ理由を、記者会見で小佐田さんが次のように説明した。
今年4月の国立文楽劇場公演(夜の部)で、呂太夫さんが語ったのが「堀川猿廻しの段」。師の公演を聞きに行った南光さんはいたく感激したそうで、ある寄席でバッタリ会った小佐田さんに「聞いた?」と一言。「堀川?」「そう。すごいね」「次はあれを核にしたらどうやろか」。そんなやり取りから打診した呂太夫さんが快諾。「猿」がテーマになったという。
床本と古いプログラムを手に記者会見に臨んだ呂太夫さんは、次のように話した。
「堀川猿廻しの段は、1978(昭和53)年に道頓堀・朝日座の若手向上会で、掛け合いで上演して、僕が与次郎をやりました(と、プログラムを示す)。三味線は(鶴澤)清友さんで、ツレ三味線は歌舞伎に行った(野澤)松也さん。1週間みっちり稽古して、越路師匠(4代目竹本越路大夫[1914-2002])にメチャクチャ怒られました。寝る時に『明日も怒られたら嫌やな』と思って足の先が冷たくなるぐらい、その時の越路師匠は怖かった。とにかく与次郎はドキドキしとけ。伝兵衛が殺しに来ていると思うから与次郎は怖いねん……。そうして一生懸命やった与次郎で、僕は初めて賞(文楽協会賞)をもらいました。それから40年程たちましたが、4月にやらせてもらった時に『あの時に怒られたのはこうゆうことやったんやな』ということが初めて表現できたんじゃないかと思います。頭ではわかっていても、なかなか出るところまではいきません。
もうお一人、住さん(7代目竹本住大夫[1924-2018])にも5年前に稽古してもらいました。最後に婆が『親の心というものは~』と、お俊と伝兵衛に口説くでしょう? あそこは住さんが大事やと言うて、いい稽古をしてもらいました。その2つが重なったんですね。それで自分なりに何かつかんだような気がします。4月にやらしてもらったところで、まだ腹具合にあるし。三味線は清介さんで素晴らしいので、うれしいですね」
そして、南光さんが義太夫教室に入門した時に習いたいと言ったのが、猿廻しの段のお俊の有名なセリフ「そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さん」だったと明かした。
【「近頃河原の達引・堀川猿廻しの段」とは】 井筒屋伝兵衛は祇園の遊女お俊(しゅん)と深い仲。身請け話もまとまったところへ、お俊に横恋慕する横淵官左衛門が仲間と共謀して伝兵衛から金300両を奪い取ってしまった。四条河原で達引(けんか沙汰)となった伝兵衛は思わず官左衛門を斬り殺し、お尋ね者に。祇園のお俊は、猿廻しで細々と生計を営む兄・与次郎と母が暮らす堀川の実家に預けられた。 ある晩、伝兵衛が堀川の実家をそっと訪ねてきた。やぶれかぶれになって妹を殺しに来たのかもしれない……。驚いた与次郎は震えが止まらない。しかし、何とか心を落ち着かせ、伝兵衛が来たら渡す約束で妹に書かせた別れの手紙「後状(のきじょう)」を伝兵衛に差し出す。しかし、それは別れの手紙ではなく、母や兄に自害の覚悟を知らせる、お俊の書き置きだった……。お俊の真心を知った母と兄は、二人が心中するとわかりながら一緒に出て行くことを許す。与次郎は、めでたい猿廻しで二人を見送るのだった……。最後の場面でツレ弾きが入って二人になる三味線は聴き応え十分。 |
山本さんが演じる能「采女」は、帝の寵愛を失って奈良の猿沢の池に身投げした女の霊が主役となる恋慕の悲しいお話。「能は申(さる)楽とも言いますし、サルに縁がありますよ」と小佐田さん。
落語「猿後家」は、猿そっくりの後家さんが主役の話という。
小佐田さんは「人の様子を笑う話なので好きではないと、南光さんのレパートリーにはなかった演目でしたが、古典落語を現代にも通用する噺にと見直し上演を進めている南光さんから『視点を変えて、楽しく聞いていただけるものにしたい』と僕に注文されたので、可愛らしい後家さんが登場する『言うたらあかんことを、つい言うてしまう』人間の心理を描く作品にしようと思っています」と話す。
一通りの演目説明が終わった後で、3種類の古典芸能の共通点と違いについての質問が飛んだ。
「舞台上でシテと囃し方が、にらんだり、にらまれたりして演じる能は、相撲のようだといつも思っています。立ち合いの瞬間みたいで、互いに合わそうとしていない。その意味で、この競演は室町時代の力士と江戸時代の力士の立ち合いと言えるかもしれない。ただ、能も義太夫の語りも落語も人間力で演じる芸能であることは同じ。基本、生音で、何の道具も使わずに表現する。波動を伝える芸ですね」と山本さん。
呂太夫さんは「声を出す芸は自分なりの人格、性格、情感があからさまに出ます。公演期間中トータルで高めていく文楽公演と違い、この公演は人形なしの素浄瑠璃で1回限り。瞬発力が必要ですね。能も落語も文楽も義太夫も、それぞれに歴史があり、確立している。それぞれ出来上がっているものを同じ日に同じ空間でやる。演じる側には刺激的で、同時に体験できることはお客さんにとってもすごいことだと思いますよ」と話した。
小佐田さんは「こういった企画の会は続けていくと、慣れてくるか、燃えてくるか。どっちかになりますが、この会は燃えてきた。忙しいのに新しい落語にチャレンジする南光さんにも火がついています。三つ巴で仲良くけんかする会に期待してください」と締めくくった。
18時30分開場。入場料は前売り3,000円(整理番号付き自由席※開場後は整理番号は無効)、当日4,000円。予約・問い合わせは山本能楽堂、TEL06・6943・9454(平日10時~17時)へ。ホームページからも予約できる。
山本能楽堂のホームページはコチラ http://www.noh-theater.com